
ぐらするーつ 鈴木隆二
「ぐらするーつ」が設立されたのは95年の11月。当時は「フェアトレード」という言葉が今ほどに語られることもなく、フェアトレードの商品に触れられるのは、何かのバザーや国際協力系のイベントのとき。そのような中少しずつ「もっとこういった商品を色々なところで紹介したい」という願いが語られるようになりました。バザーやイベントなどにいらっしゃる方というのはやはり特定の方であり、「良心的な商品」を限定された「良心的な場所」に留めるのではなく、もっと間口を広げて商品とその活動をアピールしていく必要性を多くの方々が感じていたのだと思います。そういった声を受け、色々な市民団体や国際協力のグループの方々の活動、フェアトレードの活動などの理解と支援を広げ、良心的でありながらも個性的な商品、それにまつわる情報を多くの方々に紹介していくことを目的に、国際協力ショップ「ぐらするーつ」は設立されました。
今まで市民活動として培ってきた自分たちの経験を、「店を回転させる」営利を追求しなければならないところにぶつけていくわけですから、売上をあげるための色々な努力が必要です。店舗を構えて不特定多数の人にフェアトレードの商品を世に問うわけですから「特定でないルール」のもと自分たちのことをアピールしていかなければなりません。実際に店舗で販売をし続けていくうちに色々な問題に直面しました。その都度スタッフ同志で話し合ったりするのですが、その論点は大別すると「売上を追っていてフェアトレードの本質を見失わないだろうか?」というのと「フェアトレードの活動的側面をアピールするあまり、収益が低くなるのではないか?」ということでした。こちらの志に善意があったとしても「やりたいこと」と「やれること」とはギャップがあるわけで、販売しないことにはお金も回収できないし次に進めないので、そうそう冒険ばかり出来ないというジレンマがあります。市民活動として熱意を持ってフェアトレードに関わり始めたものの、普通の会社としてのビジネスを意識せざるを得なくなったのは、市民活動という世界しか知らない自分たちにとっては大きな学びでした。今でこそフェアトレードはスロービジネスと認識されはじめていますが、当時は活動なのかビジネスなのか、スタッフ一同が葛藤していたのだと思います。そんな中、店にいらしてくださる方々が少しずつ増えていき、フェアトレードへの理解を深めてくださる姿を見るにつけ、それがどれほど自分たちの励みになったことでしょう。
ぐらするーつの店頭では、天然繊維や草木染めを用いた素材感のある商品が人気です。手紡ぎの麻繊維で編み上げた帽子や、その繊維を手織り機で織り上げた布で作られたバッグなどの雑貨などがそうです。実はこれらの麻商品を初めて私が目にしたときは「こんなものが果たして売れるのだろうか?」と疑問に思う気持ちの方が大きかったです。ただ流行とかブームとはちょっと違った次元で天然素材のものに出会って、私自身が変えられていったなという気がしています。素材の持つワイルドさ、手紡ぎや手織りの持つ風合い、手作りならではの味わい、作り手の持つストーリー・・・これらが少しずつ自分なりに理解できて「こんなもの」と思っていたものが、なんだかとっても愛しく思えてきたのです。作られたその商品は言葉こそ発しませんがとても雄弁な「作品」だと思います。天然繊維や植物染料などの天然素材を用いること、大量生産のものとは違ってすべて手で作られていること、多くの人の労働による関わりがあること、作り手の思い等など、そこには私たちの生活を見つめ直すメッセージが込められていると思います。とは言え「風合い」とか「味わい」という言葉だけでは伝えづらく何かもっと伝えやすい方法がないものかと常々考えています。今では私のみならずぐらするーつのスタッフ一同が天然素材のものや草木染めのものが好きになっています。それ故、自然とそういった商品の露出度が高くなっていて、「売っている自分達が好き」というのが人気の理由の一つと言えるかも知れません。
売っている私達が天然素材の商品と出会ったことによって、手作りにかけられる手間や手作りの持つ温かさを知り、自分自身の価値観が変えられていったように、お客様もそれらの商品と出会うことによって変えられていくこともあると思います。また、自分達が変えられていったことやお客様の反応を生産者にフィードバックすることによって、生産者自身が自分の仕事やモノづくりを見つめなおす、これら一連の動きの中に「自分の価値観を問い直す」とか、「世の中を変えていく」要素がたくさん詰まっていると思うのです。「売れる」ということはその価値をそれだけ正当に評価してくれたことを表すバロメーターです。そのバロメーターのもとフェアトレード商品の紹介を通じ「消費構造や物流、モノを作ることを見つめ直していく」ことに迫っていくことを私達は望んでいます。市場の中での「経済行為」や「経済活動」といったものが、単なる数字の追求に留まらず、もう一皮むけた「自己表現」として捉えられたら、市場そのものが「自己表現の場」として機能していったら世の中の流れも少しは変わるのかなと思います。
市場が色々な人の自己表現の場になりうる、その可能性を追求していくことはフェアトレードのみならず、色々なレベルで色々な場所でその試みは可能なのではないでしょうか。どこにお金を払うか、誰にお金を託すのか、一見単純なことだけど、それにこだわってこそ、新しい社会を構築していく事が出来るのだと思っています。昨今、働くことを忌避する若者を「ニート」と呼んで、日本の未来を憂える風潮がありますが、働くことの夢を根こそぎ奪ってきたのは、他ならぬこの日本の産業社会だと思います。そんな中、個人的にはフェアトレードという活動が「スロービジネス」という言葉で再定義され始めたことに可能性を感じています。フェアトレードが夢のある仕事として、若い人が続けていくことが出来る、そんなビジネスモデルになったら良いなと思う今日この頃です。