
NPO法人ガンの患者学研究所代表 川竹 文夫
{8}目指すは、ウェラー・ザン・ウェル
Weller Than Well (ウェラー・ザン・ウェル)。これが、『ガンの患者学研究所』の最終目標。Wellは、ガンになる前の健康な状態。Wellerは、さらに健康で幸せな状態。つまり、ガンになる以前より一層、心身ともに健康で幸せな状態を指す。大丈夫。あなたももちろん、そうなれる。
【ナオル】という言葉
私は常々、以下のように言い続けている。
「ナオルなんて簡単だ。だけど、ナオルのは、ある人たちにとっては、とても難しい。でも、せっかくガンになったのだ、どうせなら、ナオルを実現しよう」
さて、ここでクイズである。三つのナオルを漢字で書くとどうなるか・・・。
正解は、前から順番に、直る、治る、治る。つまり、「【直る】なんて簡単だ。だけど【治る】のは、ある人たちにとっては、とても難しい。でも、せっかくガンになったのだ、どうせなら、【治る】を実現しよう」となる。
二つのナオルの意味するもの。実はここに、ウェラー・ザン・ウェル実現に至る鍵が隠されている。
下の図は、健康のレベルを表わしている。
中国やインドでは、健康には、いくつものレベル(健康度)があり、人は一生の間にこのハシゴ段を上がったり下がったりするという考えがある。
そして、最下段、健康のレベルが最も低くなった状態を病気と呼ぶ。つまり、健康度が最低にまで落ちたとき、人は、ガンなどのさまざまな病気になるというわけである。
さて13年前、私は腎臓ガンになった。が、もちろん、まったくの健康体であったものが、ある朝目を覚ますといきなり最下段に落ちたのではない。
未病という病
本人の自覚はなくとも、間違った生活習慣が原因で、長年ハシゴ段を下がり続け、ついに未病の段階をも通過してしまった結果なのだ。
未病とは、読んで字のごとく、未だ格別な病気ではないが、このまま放置すれば、やがて重大な病気にいたるという状態をさす。
私がガンになる以前も、まさにそうだった。手足のひどい冷え。便秘と下痢を繰り返し、夕方になるといつも下腹部が張って痛み、臭いガスが出た。めまい、立ちくらみもしばしば。尿タンパクも出た。
妻に言わせると、いつもどこかに小さな痛みや不調を抱えていたらしい。
らしい・・・などと他人事のように言ったのは、そんな状態でも私本人は、健康だと信じて疑わなかったからである。それが当たり前に感じられるほど、不健康だったということだ。立派な半病人、である。
残念ながら、現代日本の中高年の多くは、この段階にあると言って、間違いはない。高血圧、高脂血症、動悸、息切れ、めまい、腰や節々の痛み、肩の凝り。枚挙にいとまがないくらいだ。
もちろん、ここで生活習慣を改善すれば、またハシゴ段を上がっていけるのだが、大抵そうはならず、ついに、ガンなどの病気を引き起こしてしまうのだ。
さて、そうなると、手術、放射線、抗ガン剤、いわゆる三大療法による治療が始まる。
無事終わる。退院する。本人は一年もたてば、早くも治ったと思いたがる。五年もたてば、医者も治ったと認めてくれる。メデタシ、メデタシ、である。
ああ、もったいない
さてそれでは、この人は、ハシゴ段のどこに行ったのか。
最下段は脱したものの、いきなり、ずっと上のほうには行けない。来た道を、まず一段。つまり、未病の段階に【戻る】にすぎない。
だから私は、この状態を治るとは書かず、【直る】と書き表すことにしているのだ。
何故なら・・・漢和辞典によれば、直るというこの字は、元の状態にもどるという意味。曲がったものが真っすぐになる。へこんだものが平らになる、というように。
では、ガンになる直前の状態とは・・・未病の段階。さまざまな不調を抱えた、半病人の世界だった。苦しい治療に耐えた末、こんなところにもどるだけでは、淋しくはないか。
いや、それどころか、と私は思う。それどころか、これではあまりにも、もったいない。
腹下しや鼻風邪ならいざ知らず、ガンともなれば(私は大丈夫と言い続けているが、それでも)、まかり間違えば命を落とすかもしれない病気である。
せっかくそんな危険性を払ってまでガンになったのだ。元をとらなくては、損。いや、そればかりか、ピンチはチャンス、マイナスはプラスが世の習いとするならば、せっかくのその恵みを最大限に生かさなければ、もったいない。悔しいではないか。
【治る】の意味
元を取るとはどういうことか。言うまでもなく、健康のハシゴをどんどん上へ上へと、登って行くことである。
では、どうやれば、「上へ上へ」は可能になるのか。
生活習慣を変え、体質を変えること。心の持ち方を変え、生き方を変えること。これに尽きる。
そして、その「上へ、上へ」の状態こそ、【治る】という言葉にふさわしい。
政治や治水という言葉があるように、【治る】には物事を意のままに操る、コントロールするという意味が含まれている。
再発におびえ、いつまでも医者や薬に頼るのではなく、つまり、ただガンから生還しただけでなく・・・その後の人生を、自らの自由な意思によって、新しく豊かに切り拓き、望みのままに操ることのできる状態を表している。
それは、これまでの人生で、かつて味わったことのないほど素晴らしい状態である。
それこそが、??治る>ということなのだ。そしていつしか、ガンになったことに自然な感謝の気持ちさえ湧いてくるそのとき・・・「ウェラー・ザン・ウェル」は、すでに実現しているのである。
「千百人集会」には、そんな治った百人が全国から集まってくる。
ウェラー・ザン・ウェルを実現した、その喜びと誇りを、満面に、全身に表わして・・。
宣言
ガンは治る。あらゆる病も治る。それがいのちの本質だからだ。
Weller Than Well(ウェラー・ザン・ウェル)。
美しいこの言葉は、病や挫折の向こうにこそ、真の健康と幸福が待っていると、言う。今は受け入れがたい運命も、大きな恵みだったと言える日が、必ず来ることを教えている。
どんなに酷烈な困難や絶望からも、人は育っていくことができるのだ。
私たちは、この絶対の真理を、どこまでもまっすぐに見つめていきたい。
【講演会のQ&Aから】
Q.私は乳ガンで乳房を失いました。だから・・・玄米菜食を続けてはいるんですが、結局は、私のような人間は『ウェラー・ザン・ウェル』には、なれないのではないですか。
A.そんなことはありません。乳房を失ったことは女性にとっては、私たち男性の想像を超える出来事だと思います。でも、偉そうなことを言うようですが、失くしたものに注目をしないで、得たものに目を向けてみてはどうでしょう。
なんでもそうですが、注意を向けて凝視すればするほど、それは大きな問題になってきます。
だったら、同じ注意を向けるなら、ガンのおかげで得たものに注意を向けたほうがよくはありませんか。
新しい人生観、家族の愛情、友達の協力。心の落ち着き・・・そういう目に見えないものもそうでしょうし・・・お見受けするところ、とても血色がいいですから、体もガン以前とはまったく違うんじゃないですか。
Q.そう言われれば、そうですね。ガンになる前は、低血圧だったし、ひどい冷え性で、偏頭痛にも悩まされていましたけど、今はまったくありませんね・・・。
A.それじゃすでに、立派な『ウェラー・ザン・ウェル』ですよ。それなのにご自分でそうじゃないように感じられたのは、失くしたものに、あまりにも注意を向けすぎていたからだけかもしれないですね。
偉そうなことは言えないですが、この際、失くしたものは数えないようにしましょうよ。
そしてたとえば、「玄米菜食で、私はこんなに元気になりました」と、みんなに体験を話す側に回ってみたらどうですか。失ったものと同じものじゃないけれど、それ以上の新しい何かを得ることができるんじゃないでしょうか。
Q.ウェラー・ザン・ウェルを実現する秘訣を教えてください。
A.今までお話してきたことすべてが答えになると思います。希望を持つ、責任を取る、徹底的にやるとかですね。それを全部繰りかえしていると私は今日帰れなくなるので(笑)、ひとつだけ別なことを言います。
ウェラー・ザン・ウェルが当たり前になっているような人と付き合う、もっといいのは、そういう人たちがいっぱいいるグループに入ることです。
右も左も、みんな末期ガンでも何でも治して、ぴんぴんしてる。「イヤー、ほんとにガンになってよかったよぉ」なんて言ってる(笑)。そういう人たちと一緒にいると、「何だ、あの人にもできたんだから、私もやれるな」と思えます。
こうなるとしめたもの。脳は、いったん自分が思ったことの正しさを証明したがるという性質があるので、治すように、ウェラー・ザン・ウェルを実現するように、知らず知らず、精を出す。行動を促す。で、そのとおり、実現して、正しかったことを証明して見せるわけです。「ほらね。言ったとおりでしょう」って(笑)。
反対に、深刻ぶって、傷のなめあいばかりやっているようなグループにいると、反対の思い込みができる。つまり治らないというね。で、その思い込みを証明しようとして、治りにくく仕向けてしまう。本当ですよ。
脳は同じように言います。「ほら、私の言ったとおりだろう。治らなかった」って。これじゃ救われない。
だから、とにかく、明るいグループに入ること。えっ、どこがいいですかって・・・あなたの目の前にいて、偉そうなことを言っている人物がやっている会ですよ。ウェラー何とかって、名前だそうです(笑)。
※「ウェラー・ザン・ウェルの会」は川竹代表が主宰する患者の会。
ポイント
◆治ると直るは、違う。
◆治るには、生活習慣を変えることが、必要条件。
◆せっかくガンになったのだから、しっかり元を取ろう。