
NPO法人ガンの患者学研究所代表 川竹 文夫
{2}責任を取る
【元どおりでいい】
手術の傷も癒え始めた13年前のある日。主治医は誇らしげに、私に言った。
「川竹さんの場合、腎臓そっくり取っちゃったから、もうガンはないし、だから体力さえ回復したら、元どおりの生活に戻れますよ」
当時私は、4人の医師に相談をしていたが、全員がまるで判で捺したように主治医と同じこの言葉を繰り返し、暖かく励ましてくれた。
これでまた、仕事もバリバリできる。酒だって、無茶な飲み方さえしなければ・・・こんなにありがたく、嬉しい言葉はなかった・・・しばらくの間は。
しかし、いつのころからだったか、私は次第に医師たちのその言葉に疑問を感じるようになっていく。
本当に、いままでどおりの生活に戻っていいのなら、つまり、今までの生活で良かったのなら、では、私は何故、ガンになったのだろう。
ものごとはすべて因果関係で成り立っている。
何かの??結果> が生まれるには、必ずそれに見合った、何らかの??原因> があるのだ。つまり、ガンという??結果> が生じるには、それなりの??原因> があるはずなのだ。
【どうして俺が!】
では、私のガン発病の原因と結果は、どう考えればいいのだろう。
初めてガンだと告げられたあの瞬間・・・私の脳裏には、次のようなイメージが沸き起こった。
よく晴れた休日。下駄を突っかけ、土手道を散歩中の私。が、突然どこからともなく飛んできた大きな石が私の頭を直撃する。見る見る血みどろ・・・しかし、誰が、なぜ投げたのか、いや、それよりもどうして、ほかならぬこの私に当たってしまったのか、皆目見当がつかない。
「なぜ俺が・・・」。出るのは、そんな驚きと怒りのつぶやきばかりだった。
しかしあるとき、私は、広島や長崎の被爆者のことを思った。あの人たちが、一般の日本人よりも高率でガンになるのは、明らかに、原爆によって、大量の放射線を浴びせられたことが原因。
つまり、彼らのガンの原因は、ある日突然【外】 から、全く理不尽に、もたらされたのだ。
では、被爆者ではない、私の場合はどうか。
原因は、明らかに、外にはない。とすれば、【内】に求めるしかないだろう。つまり私自身が、自分でガンの原因を作ったと考えるしかなかったのである。
石ころを投げた人間がいたとすれば、それは他ならぬ、この私自身ではなかったのか。そう考えてみた。私の頭を血みどろにしたその責任は、他の誰でもない、私自身にあると思うことにしたのである。
【力が湧いてくる】
すると、やがて不思議なことが起こってきた。
原因を作ったのが自分であるなら、もしそうなら、自分で作った原因は自分で改めることができるはず。
原因を改めれば、結果は必然的に変わるから、つまり、自分で作ったガンは、自分で治すことが出来ることになると。
「よし、やってみるか」
しかし、責任を取ると言っても、まだこの段階では、具体的に何をどうすればいいのか、見当もつかない。
発病の原因も、自分自身の中にあると理屈では分かったものの、具体的に何がいけなかったのか、やはり分からない。
けれど、責任を取ろうと心に決めただけで、思いがけない力が湧いてきた。自分自身に対する信頼がよみがえってきたのである。
「先生だけが頼りです」。それまでの私は、心にそう繰り返すばかりのまったく無力な患者だった。
しかし、責任を取る覚悟を決めた瞬間から、もう、そんな言葉は必要としなくなっていたのである。
私はようやく、私自身の戦いを開始した。そして手始めに、次のような図を描いてみた。
この図は、氷山を模したものである。波線で表わした海面に、ちょこんと顔を出しているのが、ガン。つまり、結果。
そして海面下には、ガンという結果をもたらしたさまざまな原因を、代表的なもの三つに整理して表わしてみた。たとえば私の場合・・・・。
1.ライフスタイルの乱れ
不規則で過労が常の生活。ひどいときは、一週間の睡眠時間の合計が10時間に満たないこともあり、しばしば、目の下に三重に隈を作っていた。
2.食事の乱れ
ビフテキ、トンカツ、ビーフシチュー。そして魚。これが私の大好物であった。つまり、高脂肪、高動物タンパク、高カロリー。加えて、甘辛両刀使いであった私は、高糖分。
ガンを育てるうえで絶好のものばかりを詰め込んでいたことになる。
3.心の乱れ
何事にも完璧主義。常に人に抜きん出ていなくては気がすまなかった私は、ストレスまみれ。
朝食中に手が震えて箸が使えなくなったり、ガンになる直前は、闇の中に次々とガラス(私の夢や希望)が落ちて割れる幻覚に悩まされた。
当時はまだ、このように整理された状態ではなかったが、それでも、ガンを作ったのは、他ならぬ自身が続けてきた、誤った生活習慣であったのだと、深く納得がいった(だからこそ、ガンを生活習慣病と呼ぶのだ)。
「今までどおりの生活に戻っていい」なんて、まったく、とんでもない。 そう気づき、医者任せにしていては、ガンは本当には治らないと深く悟った。
そして、私は、とりあえず、次のように生活習慣を改めてみた。
1.ライフスタイル
最低週に1日は休む。定期的な運動をする(バドミントンと筋力トレーニング)。
10時就寝。5時起床。禁酒。
2.食事
肉食をやめ、玄米菜食にする。外出時も、玄米弁当を持参。宴会お断り。
ちなみに、アメリカの対ガン協会は、ガンになってからの理想的な食事は、菜食主義であると明言した。
3.心
他人の期待に応えるのをやめる。完璧主義を改め、自らに科したハードルを低くする。いざとなれば、すべてを投げ出す覚悟を決める。
【ニキビつぶし】
生活習慣の改善は、私の体と心に劇的な変化をもたらした。
しかし、その最大の収穫は、現代ガン医療では、何故、再発や転移が防げないのかという疑問が解けたことである。そして、医者任せにしてはいけないという覚悟が決まったことである。
と書けば、何かとても大変な発見のように思うかもしれない。しかし考えてみれば実に簡単なこと、当然のことなのだ。
なぜなら、現代ガン医療は、原因にはまったく手をつけない。手をつけるのは、ガンの固まりという、結果だけだからである。
手術で切って取る。放射線で焼く。抗ガン剤で毒殺する。ひたすらこれだけ。つまり、ニキビをつぶしている様なものなのだ。
たかがニキビといえど、もし二度と出ないようにと望むなら、やるべきことはいくつもある。
油っ濃いものを控える。野菜など食物繊維の多いものをとって便通を整える。甘いものを控える。ストレスを和らげる。運動不足や睡眠不足を解消する・・・つまりは、生活習慣を改めなければならない。
ましてやガンの再発を防ごうとするならば、生活習慣の根本的な改善なくしては、解決がつかないことは、当然のことなのだ。
ガンは、免疫の低下がもとで起こる病気だという。つまり、本来なら、見つけ次第に駆逐するはずのガン細胞を、低下した免疫機能が見逃してしまい増殖を許した結果なのだ。
では、どうして免疫機能は低下したのか・・・それこそ、誤った生活習慣を長年続けた結果なのだ。
【だから医者任せにしない】
人は、初期のガンでいきなり命を落としたりはしない。そして年々、早期発見の技術は向上し、早期治療の結果、5年生存率は、向上し続けている。
にもかかわらず、一方では、ガンで命を落とす人は増加の一途なのだ。
何故こんな矛盾が起こるのか。その理由の最たるものは、再発や転移が防げないからである。
5年を無事経過した人が、翌年再発をする。10年たって安心と思った人も11年目には分からない。
原因を改めない限り、結果は同じ、つまり、せっかくの早期発見、早期治療の恩恵が、生かされていないからである。
生活習慣の根本的な改善。これは、地味で根気のいる営みである。しかし、本当に治したいなら、5年や10年生き延びました・・・そんな程度ではなく、朗らかに誇らかに、天寿を全うしたいなら、どうしても、生活習慣の改善に励むしかないだろう。それが、責任を取るということなのである。
医者任せはいけない。自らの人生の責任は、他人には決して取ってもらえない。
【講演会のQ&Aから】
Q.私の家系には何人もガンで亡くなった者がいるので、私のガンも遺伝だと思っています。それでも、責任を取れと言われるのは、責められているようで辛いのですが・・・。
A.ごく一部のガンを除いて、ガン発病と遺伝の因果関係は非常に薄いと言われています。
では何故、一族にガンが多かったりするかというと、それは親の生活習慣が子供に伝わるからです。
成人して親元を離れるまでの、最も感受性の豊かな時期に、同じものを食べ、似たようなライフスタイルを送り、その上、性格やものの考え方も似ている。
だから私は、ガンは遺伝ではなく、家伝だと思いますね。その家に伝わる文化のせいだと言ってもいいでしょうか。また、仮に遺伝性のものであるとしても、実際に発病するかどうかは、やはり生活習慣にかかっています。
これは、多くの学者も認めていることです。つまりいい生活習慣を保っていれば、たとえガンの素地はあっても一生発病せずに済むというわけです。
Q.遺伝のことは分かりました。でもやっぱり、「責任を取れ」といわれると、責められている気がして・・・。
A.私もガン患者です。どうして、同じガン患者を責めたりするでしょうか。責任を取れというのは、あくまでも励ますため、治すためです。
何故なら、責任を取るということは、自分の力を認めてやることです。自分の中にある自然治癒力を認めたり、人生の逆境に立ち向かっていく力を認めてやることです。
だから、自分を責めるどころか、自分に本当に優しくしてやることだと、私は思っています。
ただまあ、もっといい言葉がないかなとは思いますね。あれば教えてほしいです。「責任を引き受ける」とでも言いかえれば、少しは違いますか。
ポイント
◆同じ原因からは同じ結果しか得られない。
◆医者任せは、自分の人生を他人に預けること。自分の命にとって、とても無責任な態度。
◆責任を取れば、力が湧いてくる。